30日続けてみて、もう一度自己紹介をする
Local AI Worksという、東京からの静かなフィールドノート
ふつう、自己紹介って最初にするものですよね。
誰かに知られる前に。何かを始める前に。プロジェクトが始まる前に。
でも今日は、30日経ってから自己紹介をしてみたいと思っています。今日は、私が毎日書いて、録音し続けて、ちょうど連続投稿30日目なんです。
はっきりしたテーマがある日もあれば、ほとんど何もないところから始める日もありました。整っている日もあれば、ぐちゃぐちゃな日もある。でも、なんとか続けてきました。
そこで、今日はシンプルな問いを立ててみたいと思います。30日間Local AI Worksを続けてきて、私は何者なのか。経歴としてではなく、プロフィールとしてでもなく、東京から考えごとを声に出してきた一人の人間として。
AIだけが、本当のテーマじゃない
私はAIや仕事、言葉、日常について書いたり話したりしています。でも、AIを単なる技術として書いているわけじゃないんですよね。
もちろん、AIツールには興味があります。書くときも、英語の練習も、考えを整理するときも、海外の仕事の準備をするときも、ほぼ毎日AIを使っています。
でも、本当に興味があるのはツールそのものじゃない。もっと深いところにある問いは、AIを使いながら、どうすれば人間らしくいられるのか。自分の言葉を失わずに、AIと一緒に働けるのか。AIを使って人とつながるのか、それとも人から隠れてしまうのか。
これが、Local AI Worksの背景にある問いです。
一直線じゃなかった、これまでの道
普通に自己紹介するなら、自分の経歴の話になります。
若いころは哲学を学んでいました。知っている世界の外側を見たくて、アメリカに渡ったこともある。その後、広告やデータ分析の仕事をして、大学院ではジェンダーや文化表象についても研究しました。
だから、私の道は一本道じゃなかったんですよね。哲学、言語、文化、マーケティング、データ、研究、そして今はAI。自分の人生がちょっと散らばっているように見えることもあります。一つのキャリアの階段を作ってきたわけじゃない。一つの問いから、次の問いへと移っていった。
でも今、振り返ってみると、一本の静かな糸が見えるんです。私はずっと——人がどうやって意味を作るのか、人がどう言葉を使うのか、人がどう見られるのか、人はどう働くのか、社会が人にどんな名前をつけるのか、そういうことに興味があったんですよね。
だから、AIは私にとって完全に新しいテーマというわけじゃなくて。むしろ、自分の古い問いが、新しい場所でまた現れているような感覚です。
AIは鏡である
AIは、機械の話だけじゃない。人間の話でもあるんですよね。
AIを使うとき、私たちは自分自身を見ています。自分がどう書くか。どう考えるか。何が説明できないか。どこで人に依存しているか。どこで置いていかれることを恐れているか。
だから私は、よくAIを「鏡」だと言っています。「単なるツール」じゃなくて、私たちを映し出すものです。強さを映すこともある。弱さを映すこともある。怠けを映すこともあれば、希望を映すこともある。そして時には、本当は見たくない自分の部分を映してしまうこともある。
だからAIは、私にとって面白いんです。魔法だからじゃない。何でも解決してくれるからじゃない。人間についての問いを、見えるようにしてくれるからです。
30日間で話してきたこと
この30日間で、いろんなことを話してきました。AIと仕事。英語。海外の仕事。AIによる面接。待つこと。書くこと。オードリー・タン。AIが橋になるという話。疲れていた日。何も特別なことがなかった日。心の中で拗ねている子どものような自分のこと。
こうやって並べてみると、一つのはっきりしたテーマには見えないかもしれません。でも私にとっては、これらは全部つながっているんです。すべて、一つのことについての話なんですよね。「AIの時代に、人間としてどう生き、どう働くか。」という問いにつながっている。
完璧な専門家としてじゃない。すべての答えを持っている人としてでもなく。まだ学んでいる途中で、まだ試している途中で、時々まだ迷っている、小さな一歩を重ねている人間として。これが、私が話している立ち位置です。
AIは魔法の答えじゃない
私はAIのエンジニアじゃないし、未来が分かるふりもしたくありません。「これがAIの唯一の正しい使い方だ」とも言いたくないし、「AIがあれば全部簡単になる」という夢を売りたくもない。なぜなら、私の経験はそうじゃないからです。
AIはすごく助けてくれます。でも、生活は依然として簡単じゃない。AIは私が速く書くのを助けてくれるけど、私の代わりに人生を生きてはくれない。AIは英語の文章を準備してくれるけど、面接で自分の体を使って話すのは私自身です。AIは考えを整理してくれるけど、どんな人間になりたいかは決めてくれない。AIは応募を手伝ってくれるけど、待つことの不確かさを取り除いてはくれません。
だから私は、AIを魔法の答えだとは思っていません。むしろ、コンパニオンのようなもの。鏡のようなもの。橋のようなもの。助けてくれるツールだけど、同時に、私たちにかなり真剣な問いを投げかけてくるツールでもあるんです。
不完全な英語も、橋になる
私にとって大事なテーマの一つが、英語です。
私は日本人で、日本に住んでいる。でも、もっとグローバルに働きたいし、日本の外の人たちとつながりたい。一つの言語だけじゃなく、その外側で書いたり話したりしたい。だから、毎週日曜日にこの英語のPodcastを録っているんです。
私の英語は完璧じゃありません。言葉を探すこともあるし、スピードが遅いと感じることもある。英語で話すと、自分の考えが少し小さくなる感じがすることもあります。日本語だと、もっと複雑に考えられる。英語だと、シンプルにせざるを得ない。それは、ちょっとフラストレーションを感じることでもあります。
でも、これには意味があると思っているんですよね。英語で話すことは、私にとって単なる言語の練習じゃない。境界線を越えるための一つの方法なんです。大きくてドラマチックな境界線じゃない。小さな境界線。内側と外側のあいだ。日本と世界のあいだ。私的な考えと、より広い読者・聞き手のあいだ。これまでの自分と、なりたい自分のあいだ。
だから、英語が完璧じゃなくても、話し続けたい。不完全な英語でも、橋にはなる。小さな橋でも、橋であることに変わりはないんですよね。
「待つ日々」も、仕事の一部
仕事についても、よく話しています。
最近は、海外のリモートワークに応募しています。AI評価、言語評価、日本文化に関するレビュー、リサーチ系の仕事。日本にいながら、もっと広い世界とつながる働き方を探しています。
これは、単なるキャリア戦略じゃないんです。生き方の戦略でもある。今の生活に合った働き方を作りたい。日本語、自分の思考、研究のバックグラウンド、文章を書く力、そしてAIとの経験。それらをつなげたいんですよね。
でも、そのプロセスはスムーズじゃありません。応募して、テストを受けて、面接を受けて、長い待ち時間があって、がっかりすることもあれば、小さな希望が見えることもある。前に進んでいると感じる日もあれば、何も起きていないと感じる日もある。
だから私は、「待つこと」や「不確かさ」、「小さな一歩」についてよく話すんです。海外との仕事は、契約が始まったときに始まるわけじゃない。この、はっきりしない日々——準備する日々、応募する日々、待つ日々、もう一度試す日々——から、すでに始まっているんですよね。
「続ける」とは、戻ってくること
この30日間で、もう一つ学んだことがあります。「続ける」ということについてです。
続けることは、いつも美しいわけじゃない。いつもエネルギーに満ちているわけでも、誰かを励ますようなものでもない。時には、疲れているのに録音すること。強いテーマがないのに書くこと。「今日は特に何もなかった」と言って、そこから始めること。時には、自分が大丈夫じゃないと認めること。
始める前は、「続けるとは、毎日強くあることだ」と思っていた気がします。でも今は、ちょっと違う考え方をしています。続けるとは、毎日強くあることじゃない。続けるとは、戻ってくることなんです。
ページに戻ってくる。マイクの前に戻ってくる。自分自身の問いに戻ってくる。ぐちゃぐちゃな日のあとも。スローな日のあとも。自信が持てない日のあとも。
これが、30日間が私に教えてくれたことです。
弱さも含めて、本当の声
今日、自己紹介をするにあたって、強みの話だけはしたくないんです。
もちろん、強みもあります。考えることが好き。構造を作るのが好き。言葉が好き。抽象的な考えと日常をつなげるのが好き。AIを技術としてだけじゃなく、文化や仕事、人間の経験として見ることができる。これも、私の大事な部分です。
でも、弱さもある。考えすぎてしまう。動きが遅いことがある。行動する前に、完璧な構造を待ってしまうことがある。分析を使って、感情から距離を取ろうとすることがある。人に助けを求めるのが苦手なことがある。そして正直に言うと、自分の中の子どものような部分が「もう待ちたくない」と言っていることもある。
これらの部分も、私自身なんです。完全に隠したくはない。なぜなら、本当の声には弱さが含まれていると思うから。完璧なプロフィールは強そうに見えるけど、どこか遠い感じがする。人間の声には、ひびがある。迷いがある。未完成な部分がある。そして、たぶん、そこから、信頼が始まるんですよね。
ポッドキャストが好きな理由
これが、私がポッドキャストを好きになった理由の一つです。
文章を書くことも、私にとって大事です。でも、話すことは少し違う。話すとき、自分の声は情報以上のものを運びます。スピード。呼吸。間。迷い。エネルギー。疲れ。時には、小さな笑顔まで。
ポッドキャストは、洗練されたテキストだけじゃない、私自身の痕跡を残してくれます。編集はされているし、準備もしている。でも、もっと「生きている声」に近い。
AIの時代、整った文章はあちこちにあります。きれいな要約も、美しい文章も、作るのが簡単になってきている。だからこそ、声はむしろ大事になるのかもしれない。完璧だからじゃなく、不完全だから。声は、言葉の向こうに体があることを思い出させてくれる。呼吸している人がいる。考えている人がいる。話そうとしている人がいる。
それが、私にとって大事なことなんです。
東京という「ローカル」な場所から
Local AI Worksは、東京から録音しています。これも、大事なことです。
私はシリコンバレーから話しているわけじゃない。AI業界の中心地から話しているわけでもない。東京というローカルな場所から、ふつうの部屋から、日常の生活の中から話しています。だからこそ、「Local」という言葉が、私にとって大事なんですよね。
AIはグローバルです。技術は国境を越えていく。モデルは膨大なデータで訓練されている。企業はグローバルな規模で競争している。でも、私たちの生活はやっぱりローカルなんです。特定の部屋で目覚める。特定の場所でコーヒーを飲む。特定の通りを歩く。特定の人と話す。特定の不安を抱えている。特定の身体で生きている。
だから私は、ローカルな生活の視点から、グローバルなAIについて考えたい。大企業の視点からじゃなく、未来予測の視点からじゃなく、東京で生活する一人の人間の視点から。AIはこの生活にどう入ってくるのか。仕事は、言葉は、書くことは、希望は、不安は、どう変わるのか。それが、私が書き続けたいフィールドノートなんです。
静かなフィールドノート
シンプルに言えば、Local AI Worksは静かなフィールドノートです。日本からの、AIと仕事と言葉と生活についてのフィールドノート。
声の大きい場所じゃない。煽るための場所でもない。「このツールを使えば人生がすぐに変わる」というような場所でもない。それより、もっとゆっくりしている。もっと静か。もしかしたら、もっと深いところにあるかもしれません。
AIが日常生活に入ってくるとき、何が起きるのかを観察したい。小さな変化を記録したい。どう書くか。どう働くか。どう英語を学ぶか。どう仕事に応募するか。待っているとき、どう感じるか。疲れているとき、どうAIを使うか。自分の言葉を失わないように、どう気をつけるか。
ドラマチックには聞こえないかもしれない。でも、大事なことだと思っています。未来は、研究室や会議室だけで作られているわけじゃない。小さな部屋で、デスクの前で、会話の中で、日々の決断の中で作られているものでもあるからです。
30日間という、小さな積み重ね
30日というのは、そんなに長い時間じゃない。たった1ヶ月です。でも、1ヶ月もゼロじゃない。
30日間というのは、何度もこの作業に戻ってきたということです。ページを開いた。テーマについて考えた。声を録音した。何かを公開した。そして翌日もまた、それを繰り返した。また。また。
この繰り返しが、何かを変えてくれました。ドラマチックにじゃなく、静かに。最初は「何を話そうか」と考えていました。今は「今日は、自分に何を伝えようとしているのか」とも考えるようになりました。小さな違いです。でも、大事な違い。
はっきりした出来事がある日もあれば、ない日もある。でも、どんな日にも、ある種の手触りがあります。気持ち。問い。迷い。小さな動き。小さな抵抗。小さな希望。ポッドキャストは、そういう小さなものに耳を澄ますことを、私に教えてくれました。
もう一度、自己紹介を
では、もう一度自己紹介をします。
私は萩原崇です。東京に住んでいます。哲学を学びました。言葉と学びを通して、国境を越えてきました。広告やデータ分析の仕事をしてきました。ジェンダーや文化表象についても研究しました。そして今は、AI、仕事、言葉、日常生活について書いたり話したりしています。
日本からグローバルに働く方法を学んでいます。自分を失わずにAIを使う方法を学んでいます。完璧じゃなくても、英語で話す方法を学んでいます。強くないと感じるときも、続ける方法を学んでいます。小さな一日を言葉に変える方法を学んでいます。変化の速い世界の中で、人間らしくいる方法を学んでいます。
これが、今日の自己紹介です。完全じゃない。最終的でもない。でも、今のところは、十分に誠実なものだと思っています。
自己紹介は、固定されたものじゃない
たぶん、これが一番大事なポイントなんですよね。自己紹介は、固定されたものじゃない。
私たちは、人生の中で何度も自己紹介をします。学校で。仕事で。面接で。応募書類で。新しい関係の中で。そのたびに、何を言うかを選ぶ。そのたびに、何かを省く。そのたびに、今自分が立っている場所から、自分が何者なのかを説明しようとする。
だから、今日の自己紹介は、私の最終版じゃない。Local AI Worksを30日間続けてきたあとのバージョンというだけです。AIについて30日間考えたあと。30日間書いて話したあと。東京と世界を、小さな形でつなごうとしてきた30日間のあと。「続けることは完璧であることじゃない」と学んだ30日間のあと。
それは、「戻ってくる」ことなんです。
Local AI Worksがこれからどうなるのか、私には分かりません。誰が聴いてくれるのかも分からない。次にどんな仕事が来るのかも分からない。自分の英語がどう変わっていくのかも、AIがこれからの数年で私たちの生活をどう変えていくのかも、分からない。
分からないことは、たくさんあります。でも、これだけは分かっています。考え続けたい。書き続けたい。話し続けたい。学び続けたい。日本語と英語のあいだ、AIと日常生活のあいだ、ローカルな経験とグローバルな仕事のあいだに、橋をかけ続けたい。
そして、完璧なふりをせずに、それをやりたい。今は、それで十分なんだと思います。
これが、私の30日目の自己紹介です。
これが初めて読んでくださる方なら、ようこそ。これまで読んでくれていた方なら、一緒に居続けてくれて、ありがとうございます。
Local AI Worksは、東京からAI、仕事、言葉、生活について考える、静かな場所です。すべての答えを持っているわけじゃない。ただ、もっと良い問いを立て続けたい。AIとどう働くか。AIとどう書くか。言語を越えてどう話すか。どうすれば人間らしくいられるか。
これらの問いは、まだ開いたままです。そして、たぶんそれこそが、私が記録を続けていく理由なんだと思います。
今日、私はもう一度自己紹介をしました。30日経ってから。東京から。不完全な英語と、小さいけれど誠実な声で。
Local AI Works|萩原




TAKASHIさん、いつもライブ配信などに遊びに来ていただき、ありがとうございます。そして、連続投稿30日、本当におめでとうございます。
僕はいつも、TAKASHIさんの髭がとても似合っているとお伝えしていますが、先日、深夜のライブ配信で実際にお話しできたことも、とても印象に残っています。話してみると想像以上に博学で、さらにタロットカードまでされ、その場で僕を占ってくださったのも面白かったです。
「死神」のカードが出た時には、一瞬まずいと思いましたが、新しい始まりや変化を意味するカードでもあると教えていただき、妙に納得しました。僕は普段、タロットを全面的に信じているわけではありませんが、TAKASHIさんが伝えてくれると、自然と信頼して聞くことができました。
今回の記事も、そんなTAKASHIさんの知識の広さと、物事を静かに深く考える姿勢がよく表れていると感じました。
普通は最初に自己紹介をしますが、30日間、実際に書き、話し、迷い、戻り続けた後に、改めて「自分は何者なのか」を言葉にする。この自己紹介の形が、とても素敵です。
哲学、海外経験、広告、データ分析、ジェンダーや文化表象の研究、そしてAI。一見すると多方面に広がっているようで、その奥にはずっと、「人はどのように意味を作り、言葉を使い、働き、人間らしく生きるのか」という一本の問いが流れていたのですね。
特に、AIを便利な道具ではなく、人間自身を映し出す「鏡」として捉えているところに強く共感しました。AIは文章や英語、仕事の準備を助けてくれる。しかし、どんな人間になりたいか、待っている時間をどう生きるかまでは決めてくれない。AIについて書きながら、実はずっと人間について書いているところが、Local AI Worksの魅力なのだと思います。
また、「不完全な英語でも橋になる」という言葉と、「続けるとは、毎日強くあることではなく、戻ってくること」という言葉も心に残りました。
僕自身、Substackに1日10時間、15時間と張りつき、勢いで走り続けるタイプです。だからこそ、疲れた日や迷った後でも、もう一度ページや自分の問いへ戻ることが継続なのだという考えに、少し立ち止まらされました。
完璧な専門家ではなく、迷いや弱さも含めた途中の自分を見せる。だからこそ、TAKASHIさんの文章や声には、人間の体温と信頼があるのだと思います。
今度、一緒にライブ配信をさせていただくことも、とても楽しみにしています。記事だけでは分からないTAKASHIさんの知識や人柄、タロットの話まで、さらに掘り下げてみたいです。
これからも、このサブスタ村でともに迷い、ともに戻り、ともに進化・成長していけたら嬉しいです。30日間、本当におめでとうございます。今後ともよろしくお願いします。